私は今、子供と兄の三人で暮らしている。世間で言えば私はシングルマザーと呼ばれるもので、子供を一人で産んだことになっている。兄はそんな妹を哀れに思って面倒を見ている、優しい兄という目で見られているだろう。
実際はもっと深く、単純な答えなのに。
そして、世間では決して受け入れられない。
この子は兄の子だ。
私と兄は正真正銘、血のつながった兄妹である。
つまりこの子は三等親の間に――親近相姦の末に生まれた子。
気付かれたらおしまい。この子も、私達も。
実際、今になっても私はわかっていないのだ、なぜこの状況になったのか。いや、状況は理解できている。でも、自分の気持ちがまだわからない。
この子を産もうと思ったのは、せっかくできた命を殺すことが、私にはできなかったのだ。何よりも考えたのは、この子の命。兄との血のつながりよりも、この子を生かすにはどうすればいいか。
ただ、この子のことだけを思っていたのだ。
私は兄を親愛の意味で好きなのだろうか。それとも、異性として想っているのだろうか。
わからないのだ。
「やっと寝たな」
その声でやっと子供の寝息に気づいた。思いのほか物思いに耽ってしまったらしい。
「本当ね……」
「どうかしたのか? ぼーっとしてたけど」
兄が心配した様子で私の顔を覗く。
「……私、どうかしてしまったのかもしれない」
そう言うと、兄は顔色を変えた。
「体調が悪いのか? 熱があるのか? 病院行くか?」
焦ったようにそう言うと、私をベッドへ運ぼうとする。私はそんな兄の様子に苦笑いする。
「大丈夫よ、考え事してただけだから」
「そうか……でもあまり悩みすぎるのもよくないからな。もう寝てなさい」
「うん」
兄は心の底から心配した顔で私を見る。その表情を見て、私は再び罪悪感がわき上がる。
これは、兄への裏切りだ。妹である私を、それでもひとりの女として愛してくれた、優しい兄への裏切りだ。
何でもできる兄は、それこそ、これから多くの女性との出会いもある。私がいなければ、きっとその多くの女性の中のひとりと結婚し、子を生し、幸せな家庭を築けたはずなのだ。
だけど、私はその兄の未来を壊してまで、この子を産んだのに。
悲しくなった。兄の優しい笑みを見れば見るほど、悲しくなった。
私はそこまでしたのに、兄に気持ちを返せない。たったひとりの愛した男性だと、胸を張って言えない。
確かに愛している。それははっきりと言い切れる。だけど、それが女性が男性に対して恋しく想う感情なのか、わからないのだ。
これは、兄妹愛なのだろうか。それとも、異性愛なのだろうか。
私にはわからない。
「兄さん……」
「なんだ?」
兄の暖かい声が響く。ああ、悲しい。
「ごめんね」
兄さんの人生を狂わせて、ごめんなさい。
あなたに想いを返せなくて、ごめんなさい。
この子の父親にしてあげられなくて、ごめんなさい。
ごめんね、ごめんね。
様々な意味を込めた「ごめん」を受け取った兄さんは、やはり優しい微笑みでこう言うのだ。
「俺は、冬香と一緒にいられれば、それでいいんだよ」
この人はきっと全てをわかっている。その上で、受け入れてくれている。
ごめんね、ごめんね、ごめんなさい。
何度言っても言い尽くせない。私は兄を利用している。それを知った上で兄は私を愛してくれる。それはとても残酷だ。
だけど、この胸の中でうごめく曖昧な感情も、ひとつの愛なのだ。
私はその愛が、兄が私に抱いてくれる感情へと変化する日を間近に感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
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