私には父がいない。

 だけど、そんなものはいらない。




たとえどんなに背きとも、二人の幸せなのならば





 私には母しかいない。つまりは母子家庭なのだ。
 母の話では父は私が生まれる前に死んでしまったらしい。
 まあ、私としてはどちらでもいいのだが。
 そんな私の家庭の収入源は、母の兄の伯父である。伯父は未だに結婚しておらず、ずっと私の家に住んでいる。姪の欲目を抜いても、伯父は完璧な男性だ。もちろん見合い話などいくらでもなだれ込んで来る。しかし、その話を一度も受け取ったことがない。その辺り、伯父も中々一途な男のようである。
 私は11年生きてきたが、伯父はその少し前から母と一緒に住んでいるらしい。
 中々長い付き合いだ。
 で、今現在。伯父はせわしなくきょろきょろとし、母は目の前でのん気にお茶をすすっている。
「……伯父さん、あなたは何年この家に住んでいるの」
 ため息混じりに私が言うと、伯父は仕方なしにこちらへと目線を向けた。少しばかり額が汗ばんで見えるのは、私の気のせいではないだろう。
「あ、あのだな……」
 完璧な男性の伯父が、やけに歯切れが悪く、視線を泳がせている。
「言いたいことははっきりと言いなさいよ」
「いや、あの……だから……」
 汗を滲ませながら焦っている姿は、小学生から見ても哀れに思えた。
 伯父の隣に座っている母が、静に首を振った。
 さすがに苛めすぎたようだ。
「伯父さん、言わなくていいよ」
「え?」
「わかってるから」
 伯父は目を見開く。
「分かってるって……」
「そのままの意味よ」
 私は伯父に向かって笑う。




「これからは、家の中だけでも『お父さん』って呼んであげようか?」




 私のこの発言に、伯父は一瞬嬉しそうな顔をしたものの、すぐに困り顔になった。
「いったいいつから気付いてたんだ?」
 まったく、どこまで鈍いのかしら。
「初めからよ」
「初めから?」
 そう。




「物心ついた頃には、気付いてた」






 大体、伯父さんの私に対する接し方はとても姪にするような態度ではなかった。
 運動会はカメラ持参で必ず来たし、授業参観も母と伯父が二人で出席していた。
 一番不自然なのは母への態度だ。ベタベタベタベタ、飽きることなく引っ付いて、もう兄妹の線なんか越えている。
「これで気付かないのは人としてどうかと思うけどね、『父さん』」
「――お前はなんて賢いんだ夏香!」
「ありがとう、そしてその賢いついでに『兄妹での恋愛は禁忌』ってことも知っているのだけど」
「そ、それは」
「そのくらいにしてあげないさいな、夏香」
 さすがに見かねたらしい母が、やんわりと止めた。
 そうね、今日はこのくらいでやめてあげよう。『父』苛めは私の趣味のひとつなのだけど。
「まあ、別に責めてないよ。そうしなきゃ私はここにいないわけだし。別に嫌悪もないし」
 むしろ、感謝してるとは、父が付け上がるだろうから言ってあげないけど。
「すべて私にしてみれば今更なわけだから、これまでと何一つ変わらないよ」
 母と父は顔を見合わせた。そして、
「ありがとう」
 親の優しい笑顔を見せてくれた。
 私は、それがこのまま見られれば、どんなことも耐えて見せよう。








 父はいらない。

 だって、強い強い血縁の伯父がいるんだもの。





2727を踏んで下さった咲久羅様に捧げます。長らくお待たせいたしました。いや、本当に。申し訳ないぐらいです。
咲久羅様のみお持ち帰りOKです。こんなんで良かったら頂いて下さい!




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