本日は休日である。家でどれだけゴロゴロしててもいい日である。ので、惰性を愛している私は当然家に引きこもっていた。
 ボーっとテレビを見ているとチャイムが来訪者を知らせてくれた。はーい、と返事をしてドアを開けると叱られた。




予測不可能な休日





「だめですよ、ちゃんと確認してからドアを開けないと。最近はそういった事件が多いんですから」
「すみません……」
 この歳にもなってこんな当たり前のことを注意されるとは思わなかった。これつまりあれでしょ、お菓子に誘われて変な人についていくな、ってのと同じようなことだよね。
 買い物袋の中身を冷蔵庫に入れながらされる注意に、すみませんしか返せない。そして卵買ってきてくれてありがとうございます。私以上に冷蔵庫の中身を把握していてくれてありがとうございます。
 ここ最近私が冷蔵庫を開けるのは飲み物を取り出すときぐらいで、食材は一切チェックしていないし、料理もしていない。なぜならどれも大久保さんがやってくれるからだ。最近は料理だけじゃなく、掃除までやってくれる。完璧だ。いつでも婿にいける。
 で、大久保さんは何用で?
 普段は夜にだけ来ていたのに、今日は珍しく朝にやってきた大久保さんに疑問が浮かぶ。ので、素直に聞いてみた。
「暇なので昼食でもご一緒にどうかと思いまして」
 ふーん、と答えるが、休日に私がいないという考えはなかったのだろうか。もしかして暇人だと思われてる? 事実そうだけど。昼食作るの面倒だからコンビニ弁当でいいや、と思っていたからその申し出は嬉しいが、釈然としないのはなぜだろう。
 微妙な気持ちでいたら大久保さんが掃除機をかけ始めたので、私はソファの上に避難する。大久保さんは黒い布をはためかせて熱心に掃除している。あの布邪魔じゃないだろうか。というか、私の家に来るまであの布被ってて恥ずかしくないんだろうか。そう考えながら眺めていたが、結局慣れだろうな、と結論付けた。
 掃除機をかけ終わったら今度は食器を洗ってくれた。鼻歌を口ずさんで上機嫌だ。
「色々やらせてすみません」
 なんだかゴロゴロしているだけの自分が申し訳なくなって謝ると大久保さんが慌てて否定してくれた。
「いえいえ、僕元々家事が好きなんで、むしろ楽しいです」
「無理してません?」
「していませんよ。本当です。ここに来ると色々できて嬉しいです」
 本当に弾む声で言うので、本当なのだと判断して「ありがとうございます」と告げると大久保さんは照れたように頭を、というか、布をかいた。でもその手、洗剤ついてますよ大久保さん。
 食器を洗うと今度は料理に取り掛かった大久保さん。無駄がなく暇もない。こんな奥さんが世の男性人は理想なのではないだろうかと思う手際のよさだ。
 漂ってくる匂いからして、今日の昼食はビーフシチューのようだ。鍋をクルクルかき回してふたをすると、大久保さんは時間をチェックする。
「じゃあ、煮込んでる間にお風呂掃除してきますね」
 さわやかな彼に、何から何まで本当にすいませんと土下座したくなった。









 ビーフシチューは美味だった。大久保さんの料理はいつも美味しい。そっち方面の仕事とかやればいいんじゃないかと思う。そういえば大久保さんは何をしている人なんだろう。
「大久保さんって何のお仕事しているんですか? あ、もしかして大学生とかだったりします?」
 大久保さんは一瞬言葉に詰まった。ビーフシチューを軽く混ぜる。
「いえ、大学はもう卒業しています……仕事は、そうですね……まあいい感じです」
 誤魔化された、と思ったが、言いたくないなら無理に聞く必要もないと思い「そうですか」と返した。気にならないわけじゃないけれど、マンションで一人暮らししているのだからフリーターやニートではないのだろうと、一応安心しておく。
 それより気になることがある。
「大久保さん、大学通ってたんですね」
「ええ、一応」
「じゃあ、大学にもその姿で?」
 それ、と黒い布を指す。大久保さんは「ああ」とその布を軽くつまんだ。
「そうですよ」
 そうですか。
 あの大勢の人がいる所に通えたことも驚きながら、その中でその黒い布を被り続けたことに感服する。心の中で拍手した。
 食べ終わると早々に食器を楽しそうに洗う彼を見ながら思う。

 大久保さんは、実は結構強かな人間ではないだろうか。






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