変だよね、何でこんなことになってるんだろうね。何で私自分の家なのにおもてなしされてるんだろうね。芳しい匂いが届いてきてすごく食力そそるけど。けどさ。
 大久保さんは台所から顔を覗かせた。例の黒装束に白いエプロンというナンセンスな格好で。





予測不可能な晩餐






「すみませんお待たせして。もう少しでできますので」
「あ、いえ、ゆっくり作って下さい」
「はい」
 私の言葉に多少ほっとしたように台所に帰っていく。あれ、今の普通逆になんなくちゃいけないんじゃない? 何だか私亭主関白みたいじゃない? もう全体的におかしいよ。ついていけない。自分のことなのについていけない。
 確か仁子の家に真っ黒い布を被った彼がいて、何だかんだと流されて、私の家で大久保さんは夕飯を取るようになってしまったことがはじまりだったはず。はじめはこれでもお客様なんだと気にして私が料理を作っていたのだけど、ある日もうくたくたに疲れていたとてもじゃないけど食事の用意をする気力もなくてソファーに仰向けになってダウンしていたら、丁度夕飯を食べにきた大久保さんが来て、ご馳走してくれた。いや、材料は私の家のものだけど。はじめて食べたときにも思ったけれど、大久保さんの料理はとても美味しい。さらにそのときはとても疲れていたのでその美味しさも倍増しで。そのまま純粋に「美味しいです本当に美味しい」と褒めると、大久保さんはとても照れくさそうに「じゃあ僕がこれから作りますよ。家にお邪魔させて頂いてる上に、ごはんまで用意してもらっては申し訳ないですから」って言ったので、私は喜んで「よろしくお願いします」と……
 あれ、許可したの私じゃないか。
 一生懸命はじまりを思い出して事実を見つけ、私はちょっぴりへこんだ。なんだ、私じゃないか、原因。
 まあ、女心は複雑だけど、私の料理より美味しいし、なんでも作れるし、リクエスト聞いてくれるし、カロリー計算までしてくれちゃってるみたいだし、健康にいいし、やっぱ美味しいし。
 美味しければどうでもいいか、という結論に至ったとき、大久保さんが料理を運んできた。
 今日のメニュー。肉じゃがとあさりの味噌汁と鮭の塩焼きとサラダでございます。和食です。湯気がほかほか、香りが漂います。和みます。うん、料理番組みたいに言うとより一層旨味が出てくる感じ。気持ち的に。
「できました。お召し上がり下さい、朝美さん」
 そう言えばいつの間にか朝美さんと呼ばれている。いつ許可したっけ私。いや、そもそもなんて呼べばいいか訊かれたっけ私。
 まあいい。とりあえず今は目の前の食事である。
「いただきます」
「召し上がれ」
 きちんと挨拶してから料理に手をつける。ああ、鮭の程よい焼き加減。家庭の味肉じゃが。これって意外とそれぞれの家庭で味が違うから合う合わないがあるけれど、私的に満点。味がしみてる。ジャガイモはしっかり味を付けてしかし崩れないように。なんて完璧なんだ。あさりの味噌汁も完璧だ。ごはんの炊き方も技があるらしく、彼が炊くようになってから一段と美味くなった。もう主夫になればいいと思うよ。
「美味しい」
「ありがとうございます」
 大久保さんはにっこりと笑った……雰囲気がする。未だに黒い布を被っているから表情は判断できない。なぜってそりゃあ顔が見えないから。でも慣れると雰囲気が伝わってくるようになったし、少しずつ、すこーしずつ布は短くなっているようだ。はじめは口しか見えなかったのに、今は鼻全体が見える。もう少しで目も覗けるようになるんじゃないだろうか。そうすればコミュニケーションも今よりとりやすくなるんだけど。
 大久保さんに出会ってからカウンセラーさんの気分だよ。
 カウンセラーとか合ってるのかなあ、とぼんやりと思いつつ味噌汁をすする。ああ、程よい濃さ。大久保さんと私は味の好みが似ているのだろうか。それとも彼が私に合わせてくれているのだろうか。どちらにしても有難い。自分でも思い通りの味って出せないし。このごはんが食べれないなんて、仁子はなんて可哀想なんだ。
「あの、朝美さん」
「あ、はいはい?」
 大久保さんの声に反応して味噌汁から口を離す。大久保さんは言いにくそうにもぞもぞとした後、意を決したように口を開いた。
「あの、今更なんですが、ご迷惑ではないでしょうか、こんな厚かましいこと……」
 本当に今更ですよ、大久保さん。
 もうすでに一緒に食事を取るようになって一ヵ月半経っているのに今更その質問。大久保さんは天然とは言い切れないけど、近いものを感じる。本当に嫌ならはじめの時点で断っていますよ。
「いえ、全然。むしろ食事を作って頂いてこちらが申し訳ないです」
 正直な気持ちを言ってみる。正直申し訳ないとは思っている。だって私が作っていたのは本当にはじめの一週間だけ。それ以降は全て彼が作っている。
 頭を下げる私に大久保さんは焦ったように両手を左右に振る。
「いえそんな! 僕が望んでしてることですし、元々料理は好きなんです。ですので、一緒に食事をして頂くお礼と言ってはなんですが、これくらいなら喜んでさせて頂きます」
 なんていい人なんだ大久保さん。絶対恋人に尽くすタイプだ。変な格好しなきゃモテる性格だろうに。もったいない。本当にもったいない。
 にこにこと笑う大久保さん(口元が)。
 そんな彼に気を良くした私も自然と笑顔になる。
「ははは、じゃあ私が結婚するまで作ってもらっちゃおうかなぁー」
 本当はここで笑い飛ばしてほしかったのだ。
 しかし大久保さんは何を血迷ったのか、いきなり私の手を握ってきた。ぎょっとして大久保さんを見詰める。
「本当ですか!? 僕、頑張って食事作らせて頂きますね!」
 なぜか気持ちが高揚しているらしい大久保さん。布から覗く頬も赤い。何が起こったんだろう。私の言葉のどこにそんなに興奮する要素があったというのだろ。
「じゃ、じゃあよろしくお願いしますね……」
「はいっ」
 それしか言えなかった私に、大久保さんは元気よく返事を返した。






 そして私は生涯彼の手料理を食べることになるのだ。





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