今日もヘラヘラ笑ってる三谷清美の顔を見て、俺はまた苛立ちがわき上がってきた。
 ヘラヘラしてるけど、実際腹の裏では何を考えてるかわからない女。
 三谷清美の本性を知っている俺からすれば、友達だと言っているやつに話しかける三谷清美の笑顔は、そいつを馬鹿にしているように感じる。自分の本性に気づかずにいる友人が愚かでおもしろいんだろう。
 見たくもないのに目に入る。俺のクラスは出席番号順に座る為、どうしても「三木野」の俺と、三谷清美は席が近くなる。しかも出席番号順は出席番号順でも、逆出席番号順で座っているのだ。結果、三谷清美は俺の前の席だ。俺は自分の名前を呪った。
 舌打ちする。三谷清美はこっちを見ない。ヘラヘラヘラヘラ笑っている。
 腹立たしい。無愉快だ。
 俺は耐え切れなくなって机に顔を伏せた。
 俺は一月前のことを考える。2月14日。バレンタインでーと呼ばれる日に、俺はこの教室で三谷清美からアメを一粒もらった。元々理解不能な女だったが、あれは更に理解不能だった。
 次の日、何か言ってくるかと構えていたら、あいつは普段通りに、俺に話しかけもしない。拍子抜けした。ホワイトデーのリクエストでもしてくるんじゃないかと思っていた。でも実際は、まるで何もなかったかのように、何一つ、変化はなかった。
 それからこの一ヶ月、三谷清美から俺へ何のアクションもない。
 何だったんだあれは。
 そう思わずにいられない。ないにも気にしなければいいと思うのに気になる。あいつのことなんかどうでもいいはずなのに、あの日のことが頭から離れない。あいつが計画的に何かしようとしてるのか、それともただの気まぐれだったのか。
 腹が立つ。

 何よりも、こんなにも三谷清美を意識している自分に。






「おーい、放課後だぞー」
 幻聴だ。俺はまだ夢を見ているんだ。
「バレンタインのときもこうして学校終わっても寝てたけど、何、そんなに寝るの好きなわけ? それともそんなに暇なわけ?」
 うるさい。幻聴が嫌味を言うな。
「起きない気? ふーん。じゃあ、私少し服を肌蹴させて職員室に行こうかなー。「三木野くんが無理矢理っ」って泣きついて」
「やめろ」
 さすがにこれは無視できずに、仕方なく顔を上げる。三谷清美は満足そうに笑った。
「やっぱ起きてる。何で寝たふりしてたのかな、三木野和重くん」
「別に」
 顔を背けると、三谷清美は俺の顔を両手で掴んで自分のほうへ向けた。俺はそれにむっとする。
「おい」
「ホワイトデー」
「は?」
「だから、今日はホワイトデー。私に何か渡すものがあるんじゃない?」
 やっぱりか、と思いながら、俺は三谷清美の手から自分の顔を助け出した。それから自分のかばんを漁り、可愛らしくラッピングされた箱を取り出した。三谷清美がそれを見ただけで上機嫌になったのがわかった。俺もそれに多少気分を良くする。
「これでいいんだろ」
 そっけなく渡すと三谷清美はそれをマジマジと見詰めた後、いきなり包みを破き始めた。どっちみち破いて捨ててしまうだろうが、あんまりな破き方に、丁寧にラッピングしてくれた店員さんが哀れに思えた。
「あ、マシュマロだ。無難なところいったねえ」
「嫌いなもの渡すわけにはいかないだろう。前にマシュマロは好きだって話してたろ?」
 俺がそう言うと、三谷清美はきょとんとした。
「あれ、あんたに話したっけ?」
「あんな大きな声で話されたら聞こえたくないことも聞こえるんだよ」
 おかげで俺はこのクラスになってから、三谷清美情報が一気に増えた。
「ふーん、なんか嬉しいね、私のこと知っててくれてるってのは」
 三谷清美はビン詰めにされたマシュマロを見ながら言う。くるくるビンを回すと、満足したのか、それを自分のかばんに仕舞い込む。
 俺はふいに出てきた疑問を言った。
「お前、俺が持って来なかった可能性は考えなかったのか?」
「考えたよ。でもあんた、律儀だし。まず恩を返さないことはないだろうと思ってね。他の子にお返ししてるのも見ちゃったし」
 たぶん仕方なしにでも持ってきてるだろうなあと思って。
 かばんを閉めながら三谷清美は言った。なんだか監視されてたようで気に食わない。律儀だとか、お前とろくに話したことないから知らないだろうに。それとも誰かに聞いてわざわざ調べたのか?
 やっぱり気に食わない。
「よし、じゃあまあ、これから頼むよ」
「俺はお前とこれから仲良くする気はない」
 三谷清美の言葉に、俺はきっぱりと言い放った。冗談じゃない。誰がお前みたいな二重人格者と仲良くするか。
 明らかに嫌だという様子の俺に、三谷清美はため息を吐いた。
「いや、それじゃ困る。私、あんたと付き合うことになったって明日みんなに言うつもりなんだから」
 ……なんだって?
 俺は自分の耳を疑って三谷清美を見つめる。三谷清美は楽しそうに笑った。
「友達が彼氏作れって男紹介してきてさ。それも何度も。いいかげん疲れるし、本性見せれない彼氏も嫌だし。そこで、私の本性を知っている三木野和重くんと付き合っちゃおうかと思って。あんたがバレンタインデーのお返しをきちんと全員分返して、全員に断ってるのも知ってるし、彼女がいないことも知ってる。そこで、私がバレンタインデーのお返しにもらったこのマシュマロとともに、あんたと付き合うことになったって、言ったらみんな信じるでしょう。私、話術には自信あるし。じゃ、そういうことで」
 ペラペラということだけ言って、三谷清美は教室を出て行こうとする。俺の脳はまだ活動を止めている。なんだ、なんだ、どういうことだ、俺と三谷清美が付き合う? 明日みんなに言う? みんな信じる?
 ふざけるな。
 俺はかばんを持って教室を飛び出して、三谷清美の後を追う。あいつの家の位置もこの間話していた。もしかしたら、それも計画的に話していたのかもしれない。
 三谷清美が近くなってきた。場所的には三谷清美の家まであと半分というところ。くそっ、こんなに走らせやがって。
 俺はもっとスピードを出した。あともう少し、あともう少しで捕まえられる。
 そう思ったとき、三谷清美は急に止まった。俺はぶつかりそうになるのを何とか避けて、三谷清美を怒鳴ろうとした。
「おい」
「よかったー、追ってきてくれて。うん、計画通り」
 満足そうに頷きながら、三谷清美は頷いていた。計画通り?
「なんだ、計画って」
「あれ、あんた気づいてなかったの?」
「何にだ」
「さっき、同じクラスの女の子二人とすれ違ったの」
 ……気づかなかった。それよりも、すれ違ったってことは、俺が三谷清美がを追いかけてるところを見られたってことだ。しかも俺は三谷清美の名前を叫びながら止まれと言っていた。これではたまたま走っていただけ、という言い訳も通用しない。
「しかも、噂大好きな田中さんと渡辺さんだったわよ。すぐに話が広まるでしょうね。私とあんたが鬼ごっこをしてたって。そのあとに私があんたと付き合ってるって言ったらみんな完璧に信じるでしょう。たとえあんたが否定しても、ただの照れ隠しだと思われるでしょうね」
 やられた、と思った。
 迂闊だった。そうだ、俺は知っているはずだった。三谷清美は笑顔で相手の裏を探る、策士だということを。笑顔の裏で、常に計画的に動いていることを。
 全部罠だった。全部計画だった。
 呆然としている俺に、三谷清美は顔を寄せると、そのまま口付けた。
 それから俺を見て笑う。
「これからよろしくね、彼氏殿」
 綺麗な三谷清美の笑顔を見て、俺は目の前が真っ暗になった。






ホワイトデーとマシュマロ







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