ふわふわキラキラ。そこにいるだけで存在感が半端ない、そんな女の子が現実にいるわけないと漫画や小説をあざ笑っていたけれど、高校に進学してその考えを改めた。
 たとえるならスポンジケーキ。
 ぱっちりした二重のまぶたにクリクリしている大きな円らな瞳。陶磁のような肌を実際に見たことはないが、彼女の肌は雪のような白さに、シミもしわも知らないような無垢な肌をしている。髪は緩やかなウェーブを描いていて、砂糖菓子を思い浮かべる柔らかさ。
 見るからに甘そうなその外見を見て、私はスポンジさんと勝手に名づけていた。
 当然名前はある。榎本すず。16歳。1−A組。
 同じクラスである。
 同じクラスと言っても私は自分がどっからどうみても並みなのはわかっているので、レベルの高い人には近づかないようにしている。なので、彼女とは会話はおろか、名前を知ってもらっているかも怪しいレベルである。
 さて、そんな彼女であるが、どうも関わってしまったようである。
 机の上にはペンで書かれただろう大きな落書き。そして懸命にそれを消そうとしている彼女。ボロボロ涙を流しながら雑巾でこすっているスポンジさん。
 そしてそんなことになっているとは知らずに思い切り教室のドアを開けて入ってきた私である。
「あ、あの……」
 内心アッチャーと思っている私を見かねたのか、涙目で彼女は私を見つめる。ヤバい同性なのにキュンとくる。
 それにしても、と思う。
 今どきこんな根暗な嫌がらせをしてくるやつがいるとは。
 私はとりあえず彼女の方へ歩いていき、彼女の手に似合わない雑巾を奪う。そして机を観察する。
『調子に乗るなブース』
 とりあえず、書いたお前の方が顔も性格もブスなのは間違いない。
 その机を指でなぞって、こりゃダメだとお手上げした。
「これマジックで書いてあるよ。雑巾じゃ無理。先生に新しい机もらうしかないね」
 そう告げて彼女の方を見ると口をぽかーんと開けて私を見ていた。
「おーい大丈夫?」
「あ、はい」
 心配になって声をかけると彼女はきちんと返事をする。涙も止まっていた。見た目が弱そうなので実は結構本気で心配していたのだが、まあ返事ができる程度なら平気だろう。
「こんなのどうせモテない女の僻みだから気にしなくていいよ。むしろ調子に乗れるぐらいの美人よ!ぐらい言ってもいいレベルの美貌だからマジで」
「え? え? あ、ありがとう?」
 同じクラスだけどほぼ初対面な私と彼女。そんな私が勝手にペラペラ話すからだろうか、彼女はおどおどとしながら、しかし褒められたことにはきちんと礼を述べた。うむ、えらい。
「とりあえず職員室行こうね」
 そう言って歩きだすとスポンジさんが慌ててついてくる気配がした。
 美少女を引き連れた凡人。この図を同級生に見られたらどうなるか、想像に難しくない。
 しかし今は放課後で、校内に人影はほとんどない。彼女はきっとあの落書きを消すためにこの時間まで残っていたのだろう。対して私は授業中寝た回数が10回になった記念にトイレ掃除をさせられました。ピカピカにしてやったぜ!
「失礼しやーす」
「失礼しますと言え、今度はプール掃除するか?」
「失礼しやした!」
「変わってない」
 一々細かい教師である。しかし、珍しい組み合わせに気付いたようだ。
「榎本じゃないか。どうした?」
「え、えっと……」
 どう言おうか迷っているのか、おどおどする彼女の代わりに私が話す。
「彼女の机ちょっとやられちゃって。新しい机ありません? ほら空き教室のとか」
 そう言うと教師はすぐに当たりをつけようだ。
「1年の使ってないD組の机持って行っていいぞ。やられた机はD組に置いておけ、先生がやっておくから」
「ほーい」
「はいと言え」
「ほほほい」
「変わってない。それから榎本」
「はははははい!」
 割と小心者なのかもしれない。私とばかり話していた先生が急に自分に話かけたので、スポンジさんは途端に緊張していた。
「もし誰かに何かされたら遠慮しないで先生に言いなさい。トイレ掃除させるから」
 トイレ掃除かよ!
 そう思うが、まあもしかしたら生徒はそれを一番嫌がるかもしれない。
 スポンジさんは先生の言葉に、肩の力を抜いて、はい、と言った。
「じゃあ先生、失礼しやしたー」
「失礼しましただろ!」
「し、失礼しました」
「榎本、お前はいい子だなあ」
 失礼である。








 とりあえず机を運ばなければいけない。無事D組に到着し、とりあえず、一番きれいなものを探す。誰だってきれいな机の方がいい。
 中々に新しそうな机を見つけ出し、スポンジさんを呼ぶ。
「榎本さーん、これ運ぶから反対側持ってー」
「あ、は、はい!」
 スポンジさんはおそるおそる私の反対側を持ち上げる。私は内心ほっとした。見た目通り机が持てないほどのか弱さだったらどうしようかと思っていたのだ。
 そのまま自分のクラスまで運んで、今度は落書きされた机の方をD組に運んでいく。無事に運び終え、二人でまたA組の教室まで戻る。
「榎本さんは、よくされるの? こういうこと?」
「割と……筆箱隠されたりとかはたまにあったんだけど……机に書かれたのは初めてなの。消えなくてどうしようかと思った」
 本当に不安だったのだろう。そりゃそうだ。消えないで次の日もその机のままだったら悪い意味でまた注目の的である。あの様子からして一人で教師のもとへ行く勇気もなかっただろう。
「そっかー、可愛いのも得だけじゃないんだねー」
 やたら先生に気にかけてもらったり、男子にちやほやされてまあいい思いしてるなあとは思ったけど、その反面、妬みも多いのだ。ちょっと生まれつき美人だっただけでこれはかわいそうである。
「は、はじめて……」
「へ?」
「はじめてそんなこと言われた……」
 彼女はとても驚いたように胸に手を当てて、でも目はさっきと違い、輝いている。
「いつも女の子には、見た目だけの子だとか、中身根暗だとか、人に媚び売って生きているとか言われてたから……」
 想像以上にキツそうな人生である。私は美人の幸薄さを甘く見ていたらしい。
 とりあえず言える。女の僻みは恐ろしい。
「あの、だから、私、女の子の友達いたことなくて」
 彼女はおどおどと、自分の指を絡めながら話す。ああ、なんともいじらしい姿。可愛い。
「友達になりたくても、みんな私の隣にはいたくないって言うし、話しかけるとすごい目で睨まれるし……反面男の子はすごく優しくしてくれるけど、私、内気だから、ただおどおどしちゃうだけで……そんな男の子の態度を見てまた女の子は遠ざかっちゃって……」
 泣けてきた。泣けてきたよお姉ちゃんはもう涙腺崩壊間近だよ。
 確かのこの子の隣に並ぶのはすごく勇気がいる。自分がすごく浮くのだ、悪い意味で。しかも、そうした容姿に恵まれた子には、美に関するコンプレックスが男子より圧倒的にある女子は大層攻撃的になるのである。しかもさっきの机のように粘着質なのである。女子怖い女子怖い。
 スポンジさんがもっと社交的でさばさばした性格なら多少は違ったかもしれない。姉さんみたいな女の子には自然と憧れを抱いてしまうものである。しかし、彼女はおそらくそれまでの女子からのネチネチ攻撃のせいでひどく内向的。それはとても可憐で逆に言えばぶりっこと思われなくもないだろう。
 巡り巡ってこんな仕打ちである。かわいそうである。人を見た目で判断するな!そう声高々に言ってやりたい心境である。
「あ、麻生さん」
 あ、私の名前知っていたんだ。
 妙なところの関心してしまう。スポンジさんは目をぎゅっとつむるを、意を決したように、手をこちらに差し出してきた。
「よよよよよよかったらおおお友達に、なってください!」
 どもり方と声がひどく高いことと、それから震える彼女の手。
それが大きく彼女の緊張を物語っている。
おそらくかなりの勇気を振り絞っているのだろう。何せ女の子にあれだけ言われたりやられたりしているのだ。トラウマにもなる。
 私は彼女の手をぎゅっと握って安心させるように微笑んだ。
「よし、今日からよろしく相棒!」
 彼女の瞳にみるみる内に涙があふれて抱きつかれた。
 背中に腕を回してぽんぽん叩きながら、美少女に抱きつかれるなんて役得役得と思ったのは秘密である。








スポンジさんと私







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