「……マジでやるのか?」
「いや、てか、無理だろ」
「だよなー」
 放課後、数人の男子が残って話し合っていた。
 何の話かと言うと、罰ゲームだ。
 そしてその内容は――「誰かのキスしろ」
 ここまでは、よくある罰ゲームだ。しかし、問題があった。
 今ここにいる女子は、机に突っ伏して寝ている大澤高子、ただ一人なのである。
 放課後に、そこらにいる女子にすればいいかと思っていた彼らだったが、今日に限ってみんな、コンパだとかデートだとかで早くに帰ってしまっていた。
「どーするよ」
「今度にするか?」
「そーだな」
 一人の提案に、みんなが頷く。そのほうが、面倒に巻き込まれる心配はない。
「俺はやってもいいけど?」
 せっかく決まりそうなところに要らぬことを言ったのは、今回の罰ゲームをするべき本人、三村亮だった。
 仲間は、何でこいつはこうなんで……と、ため息を吐く。
「おいおいおい。バカ言うなよ。あいつ、男経験0って噂じゃないか」
「俺もそう聞いたぞ」
「そんな純な子に、手なんか出せないだろ」
「なんで?」
 また言ったのは、もちろん、三村亮。ここまでバカだと、もうあきれを通り越して、尊敬できる。
「泣かれたらどうすんだよ。女の純情を汚すと後が怖いんだぜ」
「そうそう。その心配がないなら俺が変わりたいよ。あいつ、可愛いもん」
 そう、大澤高子は可愛い。だからモテるのだが、彼女は彼氏を作ろうとしない。どうも、男が苦手らしいという噂だ。……あくまで噂なのだが。
 もしかしたら、男と手も繋いだ事がないかもしれない高子だ。キスなんかしたら、ショックで泣いてしまうだろう。しかも、その理由が罰ゲームだ。どう考えても嫌だろう。
 なんにしても、面倒な事はごめんだ。
 やっぱりやめるか、と、一人の男子が言おうとした。……が、罰ゲームをする本人、亮がいないではないか。
 友人達は、慌てて周りを見回した。するとすぐに見つかった。彼はある方向に歩いていた。そう、大澤高子の方へ。
 急いで彼を止めようとしたが、遅かった。亮は、眠っていた彼女の肩を叩いて起こすと、すぐに、掠め取るようなキスをした。  ぽかんとする彼女。
 もちろん、友人達は、固まった。

 まずい……泣いたらどうしよう……!?

 まだ呆然としていた彼女に亮は言った。
「ごちそうさまでした」
「お……お粗末さまでした?」
『いや、怒れよ』
 普通に返した彼女に、思わず男達はツッコんでしまった。
「あ、そうか……」
『いや、もう遅えよ』
 息を吸って怒鳴る準備をする高子に、彼らは言った。高子は「そう?」と言って、吸った息を吐いた。
(天然なのか……? ってか、男が苦手って、デマだったのか……)
 ちょっぴりショックを受けた彼ら。そして、そんな彼らを現実に引き戻したのは、ドタドタという、大きな足音だった。
 その足音が止まると、バシン! と大きな音を立てて、勢いよくドアが開く。

「あたしの高子に何すんのよー!!」

 怒鳴り声が降ってきた。
 そんな、あきらかに、同じ学年ではないだろう女に、冷静に言葉を発したのは、やはり亮だった。
「……誰?」
 そんな亮を、その顔に似合わない形相で睨み、女は言った。
「高子の姉の裕子よ!」
 周りの者は、姉がいたのかと思いながら、彼女達を見比べた。うん、似ている。目元なんかそっくりだ。何で今まで気付かなかったのだろう。
 ……おそらく、雰囲気が正反対だからだろう。
 ポケーとして、どこか抜けてそうな妹に対して、姉の方は気が強く、自分の意思を突き通すといったように見える。
 そんな、敵を威嚇するような彼女に、亮は言った。
「そう」
 ……以上。たった二文字の短い言葉。
 怒りがさらに沸いてきた裕子は言った。
「……ムカツクわねクソガキ! 高子はアンタには絶っっ対渡さないんだから!!」
 ビシッと亮を指して裕子は宣戦布告をした。亮は、引くどころか鼻で笑い、言った。
「シスコンか」
「!!」
 その一言に、口をパクパクさせる裕子を、亮は満足気に見た。その顔には「してやったり」と書いてある。反論したいが図星なため、裕子は何も言えなかった。
 第一回戦目、三村亮の勝利。


「……私の意思は……?」
 騒動の原因である彼女は、その様子を見ながら、ポツリと言った。




 ――後日に分かったことだが、男が苦手だとか、いろいろな噂を流したのは、予測通り、姉、裕子の仕業だった。





変形三角形







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