何なんだこの状況は、と思いながら左右の腕をぐいぐいと引っ張られる。ついでに左右からのギャーギャーうるさい声も耳に入れる。
「何よ、あんた離しなさいよ、峻が痛がってるでしょ!?」
「離すならお前だろ、横槍女。俺と峻の間に入ってくるな」
「あんたと峻の間なんて隙間が開きに開きまくってるのよ! あたしなんて彼女候補なのよ!?」
「黙れ、候補ごときが。俺は峻と生まれたときから一緒にいるんだ、お前より峻を知ってる。なんなら、峻が最後におねしょをしたのがいつか教えてやろうか」
「くっ……!」
 待て、今のはさすがに聞き捨てならない。何でわざわざそんなことを覚えてる。というか、杏里、悔しがるところが間違ってる。僕のおねしょした時期を知っているからって何になる。何が嬉しい。なんだその「負けたわ、完敗よ……」って顔。負けるな、そこで負けるんじゃない、意味がわからないだろうが。
「いいかげんにしろよ、二人とも」
 耐え切れずに僕がそう言うと、睨み合っていた二人は、瞬時に僕の顔を見詰めて息を合わせて発言する。
『何で?』
 ああ、本当に、似たもの同士だな、お前達は。
「何でじゃない。腕が痛い。お前らの発言も痛い。離れろ」
 正直に訴える僕に、二人はさらに腕の力を込める。男の純一のほうが若干力が強いが、杏里も負けちゃいない。というか、二人ともすごく強い。そしてもしかしてもしかしなくても僕は逃げられないように関節技を決められていないだろうか。
「いやよ、峻はあたしのものって証明するまで離れないわ」
「峻は生まれたときから俺のものだから離さない」
 二人とも自己中丸出しな発言だ。そして微妙に純一の発言のほうが理不尽な妄想が入ってる。
「僕は僕のものであって、君たちのじゃない。いいから離せよ、さっきから注目浴びまくってるんだ」
「注目なんていつも浴びてるだろ。今更だ」
「そうよ。それにあたしもう少し峻にしがみついてたいし。というか、一生くっついてたい」
「峻に一生引っ付くつもりか、お邪魔虫が。お前なんか害虫駆除されるのがオチだ」
「なんですって!? あんたなんかただのストーカーじゃないの! いつか警察に捕まるんだから! 豚箱の中で反省すればいいわ!」
 結局また似たような問答をはじめる二人に、毎日毎日よく飽きないもんだなあ、と僕は呆れる。
「いいかげんにしてくれないか? 僕の胃のことも考えてくれ。二人のおかげで病院通いだよ」
 胃を押さえて言い放った僕の話をどう受け止めたのか、二人はまた声を揃えて言った。
『医者が羨ましい』
 本当に心の底からそう思っているのだろう表情で言われ、それだけ息も意見も合うなら、いっそ二人が付き合えばいいんじゃないか? と思うも、そう言っても二人は僕じゃないと嫌だと喚くので、あえてそれを言わずに、「どうしてだ」と問う。
「だって、峻の体に触っていいのよ? 好きなだけ診察できるのよ? ずるい、なんてずるいの!」
 いやあ、鼻血出る! あたし医者になるぅー! と喚いている杏里に僕は冷めた視線を送る。杏里は慣れたもので気にしない。むしろ喜んでいるようだ。危ない道に走っている気がしてならない。そして君の頭じゃどう考えても医者は無理だろうと思う。
「触診できて、好きなだけ診察しても文句は言われない。白衣……卑猥だ」
 いや、白衣を着るのは僕じゃなくて医者だ。卑猥なのはお前の頭だ。何か、白衣は全部卑猥なのか。それならお前はつるっぱげの痩せこけたひどく人間不信な化学教師が着ている白衣も卑猥に見えるのか? そうなのなら眼科か精神科に行ったほうがいい。もしくは両方行け。
「峻の白衣……良いわ、眼鏡があると、さらに良いわ」
「峻は白衣だけじゃなく、スーツも制服も着物も女装も何もかも似合う」
「当たり前でしょ、峻に着こなせないものがあると思ってるの? 峻は容姿端麗で秀才で非の打ち所がないのよ。メイド服だって着こなせるわ」
「いや、ナースだろう。猫耳付けてもいい」
「猫耳! なんて素敵なオプション!」
 自分で言って勝手に妄想して勝手に興奮している二人に、僕はもう何も言わない。これにツッコんだら終わりだと思ってる。
「メイドだったら当然あたしだけのメイド……」
 うっとりと呟く杏里。
「俺だけの治療をして、俺だけに尽くすナース……最高だ」
 うっとりと呟く純一。
 ……なんで僕は女装なんだろう。僕には胸もないし、筋肉だってそれなりについてるし、背も中々高くて、髪も短い。確かに「綺麗だね」とはよく言われるが、どうやっても女には見えない容姿をしているのに。
 少しへこんでいると、二人がまた言い争いを始めていた。
「何で峻があんただけのなのよ。ありえない、ありえなさすぎる!」
「お前のものだっていうのもありえないだろう、妄想も大概にしろ」
 いや、妄想はお前もだ。ついでに言えばどちらのものになるのもありえない。死んでもごめんだ。むしろ死んだほうがマシだ。
「大体ね、あんたいつも一緒にいるんだからいいじゃないの、あたしによこしなさいよ」
「無理だ、お前にやるものは一ミクロンもない」
 再び喚きだす二人に頭を痛める。毎日毎日僕の取り合いをする二人はすでに末期だと思う。

 だけど。




 こうしてこの似た者同士の二人を見て、なんとなくほっとして温かい気持ちになってしまう僕も、きっとすでに末期なんだろう。







似た者同士と好かれる男







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