いやいやいやいやおかしいってこの状況はおかしくなければどうなんだよこの状況はヘルプヘルプ誰かちょっエクスキューズミーボンジュールノオオオオオー!
「顔を離せぇぇええー!」
「無理です、離れません、一生引っ付きますし、今から唇を引っ付けます」
「ストーカー宣言な上に強制実行宣言!?」
 マジ勘弁! こんな意味不明な奴に一生引っ付かれるのはもちろん、キスなんて汚らわしい! そんなことしてみろ、訴えてやるからな!
 ぐぐぐっ、と力強く圧し掛かってくる男の顔を両手で掴んでなんとか唇への接触を防ぐ。目の前に血走ったストーカー男。吐きそう。
「落ち着け落ち着け話し合えばわかる!」
「話し合ってもわかり合えなかったので、こうして実行に移しています」
 話し合いってお前今いきなり「キスしていいですか」と言って顔近づけてきたじゃないか。一切話し合ってない! 勝手に脳内完結して実行するのはやめてくれ!
「ま、待てよ、ほら、私達友人同士のはずだろ? 友達はこんなことしないんだぞ?」
「知っています。でも私は友人という位置では満足できませんので、これからこのキスを口実に恋人の地位を確保させて頂きます」
 確信犯!? というか計画犯!? 何勝手に恋人のなろうとしてんの!? ありえないだろ、いろんな意味でありえないだろ! 何よりお前と私が恋人同士ということが一番ありえないだろ!
「妄想も大概にしろよお前! たとえキスしたとしてもそんなんで恋人なんかになれるわけないだろうが!」
 満身の力を込めて押し返す私に、男はにんまりと笑った。……うわっ、鳥肌立ったよ……。
「あなたの性格上、恋人でもない男性とキスなどできないでしょう? そうなれば、キスした男イコール恋人、とならなければいけない。よって、キスした者勝ちです。というわけで、キスを」
 くっ、私より私の性格をわかってる! さすがストーカーだ! 確かに恋人でもない男とキスなんてとてもじゃないけどできない。できないけど、その短絡なイコールはないだろう!? というわけでってどういうわけだ!
 何か言い訳、何か言わないと!
 焦っている私を他所に、男はどんどん迫ってくる。
「ま、待ってってば……」
「どれくらい待てばいいんですか? もう十分待ちました。いつまで待っても来ないなら、こちらから行くしかないでしょう」
「だって、友達だし……」
「さっきも言いましたが、私が求めているのは恋人の地位です」
 わかりますか? と至近距離で訊ねられ、思わず目を瞑る。しまった、これではキスを待ちわびているようではないか。だけど、男の顔を直接見る勇気がなくて、目を開けられない。最悪の事態は避けたい私は全力で体と体を離そうとするが、さっきよりも力を込めてくる男の所為で徐々に接近していく。腰にまで腕が回された。もうだめかもしれない、と思ったとき、耳元でそっと囁かれた。
「大丈夫です。私、浮気もしません。大事にします。本気です。だから、どうかこのまま流されて下さい」
 耳に息がかかり、身をよじる。だめだだめだ、と思いながらも、体からはどんどん力が抜けていく。
 ちゅっ、と軽い音と共に、唇が触れ合った。
 呆然としていると、そのまま抱きしめられる。
「好きです、大好きです、信じて下さい」
 つむじにもキスされて、途端に恥ずかしくなった。
「は、離して……」
「嫌です、離しません」
 更に抱きしめられて、多少息苦しくなった。だけど、それが何だか心地よくて、抗議はしなかった。
 流されてる、どんどんペースに乗せられているとわかっていながら、この腕を振り解けない私は、なんて優柔不断な女なのだろう。最悪だ。散々こいつを罵っておきながら、結局はこうして大人しく腕に中にいるだなんて。
 だけど、こうして私を抱きしめてるこいつの表情は反則だ。
 そんな顔をされれば振りほどけない。声も出なくなってしまう。胸がつまりそうだ。
 何もできないままでいる私に、男はそっと呟いた。
「愛してますよ」
 その言葉で窒息しそうで、思わず男の背に手を伸ばした。







流され流れて、







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