みなさんこんばんは。只今深夜2時でございます。霊が出やすい時間ですね。
 私実はこの時間に死んでしまった16歳の女子高生です。真面目にをモットーに生きていたのに、高校入学で盛り上がってしまい帰り道で深夜2時に車に撥ねられて死にました。享年16歳、ピチピチです。未練たらたらです。そんなわけなので、当然地縛霊となりました。ちょうど今日で一週間になりましたが、あんまりにやることがなくてつまらないので、とりあえず髪の色が茶髪で耳にピアス空けて腰パンして音楽ガンガン聴きまくってタバコをポイ捨てして通り過ぎようとしたまさに今時風の若者がムカついたので、とり憑いてみました。
 そんなこんなでその男の家にいます。安アパートです。汚いです。家に着いた瞬間、彼女にでも片付けてもらえばいいのにと思いましたが、ちょうど男が「あー、彼女ほしいなー」と呟いたので、こうした人間には常に恋人がいるという認識を改めました。陰ながら声援を送ってみました。とりあえず彼女ができても困らないように部屋を掃除してください。今まさに私が困っています。まあ勝手に憑いてきた私がいけないのですが。
 どうやらこの人は霊感がないらしく、まったく私に気付きません。何か物でも動かせば気付くかもと思ってまず窓の開いていないカーテンを激しく動かしてみましたが、男は動じません。「ああ、今日は窓も開けていないのに風がここまでくるなんてすごいなあ。でももう寝るからあまり関係ねえな」と言っています。馬鹿です。鈍感以前の筋金入りの馬鹿に違いありません。
 結局私に気付かぬまま、男は寝てしまったので、私はひどく退屈です。しょうがないので部屋の掃除をしようと思います。朝までに終わりますかね。霊って疲れるんでしょうか。精神的にはすでに疲れていますがね。








 朝です、おはようございます。只今朝の7時でございます。やっと掃除が終わりました。台所も男の部屋も浴室もトイレも押入れまで完璧です。私やるからには徹底的にやります。ただ物を勝手に捨てるわけにはいかないので、紙くずや包装紙、お菓子を包んでいたビニール袋など、明らかにゴミであるものはゴミ箱へ捨て、ゴミにしか見えないけど本人にとっては大事なのかもしれないと思ったものは、綺麗に重ねて目のつきやすいところに置いておきました。その手前には私が書いた「必要でなさそうですがわからないので自分で判別してください」と書いたメモも置いてあります。
 ケータイのアラームが鳴ります。男は身動ぎひとつしません。段々アラームの音が大きくなります。男は腹をポリポリかきました。親父です、明らかに若者なのにこんなところがすでに親父です。やかましくて堪らないので、アラームをとめさせて頂きました。アラームをとめてしまった以上、私が起こさなければなりません。しょうがないので揺すります。男が「うー」と反応したので起きるかと思いきや、寝返りを打って私とは反対の方向を向きました。それでも揺すってみましたが、気持ち良さそうに寝息を立てています。これでは起きそうにないので、とりあえず頬をつねってみました、思いっきり。こういう人間に情けをかけてはいけないのです、力加減は力いっぱい。男は驚いて「わあああああ!」と飛び起きました。頬を押さえて不思議そうにしています。私は自分の役目は果たしたので満足しました。
 男は眠そうにしながらも立ち上がり、そのまま歩き出します。反応が薄い、と思いましたが、まあ期待はしていなかったのでいいです。男は冷蔵庫を漁って、中からバナナとヨーグルトを取り出しました。意外と健康的な朝食です。男は席に着いて律儀に「いただきます」と声をかけてからそれらを口に運びました。思ったより育ちはいいのかもしれません。
 「ご馳走様でした」と男が言って朝食を終えたすぐ後に「あれ?」と疑問の声を上げました。
「部屋が綺麗になってる」
 今更、今更すぎます。なんですかこの男、なめているんですかなめているんですね? 嫌がらせに冷蔵庫のバナナを一本頂きます。結構新鮮で美味しいです。
 バナナを手に持っているとバナナだけが浮いている摩訶不思議な光景になるので、私は壁に隠れてバナナをむさぼりつつ、相手の様子を見ることにしました。鈍い相手が私に気付く可能性はほぼゼロなので、あまり隠れている意味がないかもしれませんが、もし気付いて朝から大声を出されようものなら近所に迷惑をかけることになります。ただでさえ安アパートですからね、壁薄いですからね。
 なにやら考えている男が、私が分けた捨てていいのかわからない物に気付いたようで、その前に置いてあるメモを手にします。
「必要でなさそうですがわからないので自分で判別してください……親切なボランティアだな」
 男はなぜかこの現象をボランティアの方々がやってくれたと思ったようです。誰か、この天晴れな脳を持っている男に教えてあげてください、ボランティア団体がそんな夜中に不法侵入してわざわざ頼んでいない他人の部屋を片付けにきたりなどしないということを。
 まだ昨日からの仲ですが、男の性格はなんとなくわかっているので、おそらく本当にボランティア団体がやってくれたとでも思っているのでしょう。羨ましいかぎりです。
 男はとりあえずそれを燃える物と燃えない物に分けだしました。昨日道端でタバコをポイ捨てした人間とは思えません。
 男はどうやら学生だったようで、学生服に着替えだしました。制服はいわゆる学ランです。私は兄がいたため男の裸には慣れているので今更「きゃっ」なんて可愛らしいことはしません。男が着替え終わった衣服を脱ぎ散らかすので、仕方なく洗濯機に放り込んでおきました。男はまったく気付きません。そのままかばんを持って出かけようとしたので、私は男の目の前で携帯灰皿を落としてやりました。昨日掃除してて出てきたので、これを持ち歩かせようと思ったのです。ポイ捨てはいけません、ポイ捨ては。
 男は不思議そうにそれを拾うと、ポケットへ入れました。とりあえず持ち歩くようで安心です。








 登校中、あんまりに気付かないので男のケータイに電話をかけました。念じれば通じました、幽霊って便利ですね。男は非通知の電話に迷いなく出ます。「もしもし」。私はこのときある怪談話を思い出し、こう言います。
「私メリーさん、今あなたの後ろにいるの」
 男はそのまま振り返り、「何もいませんね。どこらへんにいるんですか」と訊ねてきたので、「私は霊なので見えないのです。今朝もあなたの部屋を掃除しておきました」と言いました。男は嬉しそうに微笑みました。
「助かりました、ありがとうございます、メリーさん。あなたみたいな人に取り付かれてよかったです。これからもよろしくお願いします」
 と後ろを向いてお辞儀しました。周りにいた人がびっくりです、私もびっくりです。
「いえ……こちらこそ……」
 それしか返せませんでした。
 見えない霊に真剣にお礼を言う人間をはじめてみました。いたずら電話とも疑わないとは、なんと純粋な人間なのでしょうか。まあ、とり憑くことを本人から許可されたのでよしとします。
 男の通う学校は共学の市立高校でした。教室は2−5組。私より1つ年上です。見た目としては妥当ですが、生活能力と頭の出来は私に明らかに劣ります。失礼だと思われるかもしれませんが、事実です。
 学校に着くと男の周りに色々な人間が群がってきました。男は人気者のようです。性格的には面白いと私も思います、本当に。霊なので話に混じらずと言うより混じれないので、聞き手に徹することにします。
「サブ、今日飲みに行こうぜ」
 早速悪いお誘いです。というか、堂々と学校で飲み場へお誘いってどういうことですか。普通なんですか、今の世の中これが普通なんですか。どうでもいいですけど、この人サブっていうんですね。今知りました。
「そうよ、サブも来てよぉ。サブがいないと寂しいなー」
 取り巻く女生徒の一人が男に引っ付いて谷間を強調させて上目づかいに男を見ます。破廉恥です。どうなっているんですか、いまどきの女子は。ナチュラルにセクハラです。
 男は少し逡巡しているようです。断りなさい、いい子はそのまま直帰です。
 答えを見つけた様子の男は、にっこりと笑います。
「いいよ、行く」
 その言葉にしがみつく女生徒が喜びの声をあげます。
「やったぁー! いっぱい飲もうね」
「うん」
 うん、じゃありませんよ、何鼻の下伸ばしてるんですか。あなたからは見えなかったかもしれませんが、私の角度からはしっかり見えましたよ、その女がにやりと笑ったところが。何か企んでますよ、食われますよ。女は意外と怖いんですよ、女だって狼なんですよ。そう思ってもこの場でそれを知らせる術はありません。ここで電話するのもおかしいですし。しょうがないので、何かに巻き込まれるのを阻止するために、とりあえず飲みについて行くことにします。なんといっても、憑いてるんですしね。








 さあ、飲み会です。はじめて酒場に入ります。まさか死んでから入ることになるとは思いませんでした。
 中々の大人数でのご来店です。店員が何も言いません。みんな大人びた格好をしているので仕方ないかもしれません。ああ、ここにいるのはみんな高校生だと知らせてやりたくて堪りません。知らせる手段がないのが悔しいです。
 おつまみや酒がきました。飲み屋のおつまみって美味しいんですね、はじめて知りました。飲むのが目的なのでそんなにいいものじゃないと思っていましたがこれはいけますね。みんな飲むのに夢中なので、こちらには気付きそうもないですが、一応気をつけて食べます。このジャガイモの中にチーズが入った揚げ物、美味しいですね。何ていうんでしょうか。店の人に作り方を教えていただきたいですね。
 と、ぐい、と引っ張られました。まさか幽体の私を引っ張れる人間が? と思い、引っ張られるほうを見ると、男がトイレに行くところでした。どうやらとり憑いているとその人間から離れられないみたいですね、知りませんでした。もしかして私すごく面倒なことをしてしまったのではないでしょうか。でも事故現場にずっといても暇だったでしょうし、こうして退屈しないで食べ物も食べれる現状のほうがいいのでしょう。うん、そう思うことにします。
 さすがに用を足している姿を見るのは失礼だと思い、ドアの前で待つことにしました。音とか聞こえて嫌ですね。「すっきりしたあー」と男が出てきました。すっきりしてよかったですね、早く戻ってあの揚げ物食べたいです。
 と、やけにこの男にくっつく女性が来ました。男が「あ、トイレ?」と訊きます。女は「違う」と答えました。あれ、違うんですか?
 女がいきなり男に抱きつきました。昼間のふざけた感じじゃありません、首に腕をかけて、男を見つめます。
「ね、私と付き合ってよ」
 男はおどおどとしながら「お前、彼氏いるだろ?」と言いました。いるんですか彼氏! 本当にどうなっているんですかね、いまどきの子は。
「別れたいって言っても別れてくれないのよ。でももう別れたも同然だから関係ないわ。ね、いいでしょ?」
 いや、それだめでしょう。きっちり別れてからにしなさい。
 男は突き飛ばすこともできず、困っています。
「俺、お前のことそういう風に見れないから」
「どうして?」
「どうしてって……」
 なんて困る質問ばかりをする女でしょうか。これは相当場数を踏んでますね。こんな純な男が敵う相手とは思えません。あ、まずいです、顔をどんどん近づけています。男が「待った待った」とわめいていますが、迫っている女が今まさにというときに待つわけないでしょう。しかし、男は本気で嫌がっているようなので、阻止してあげることにしました。
「ひっ、な、なにっ……」
 女が途端に身体を震わせます。まあ、いきなりトイレのドアがバタバタしだして電気が消点灯を繰り返し、蛇口から水が出てくれば怖いでしょう。女は男の身体から離れて、さっさと一人で逃げました。……仮にも好きだという相手を置いていくなんて、薄情ですね。
 男はぽかんと口を開けていましたが、辺りを見回すと「メリーさんですか?」とつぶやきました。そうですよと口にするだけでは伝わらないので、電話することにしました。電話で会話できるなんて何て便利なんだろうとはじめは思いましたが、一々念じないといけないので、やはり不便です。筆談よりはマシだとは思いますが。
 プルルルルと電話が鳴ります。男が慌ててそれに出ます。
「はい、サブです」
 知っています。
「メリーです。先ほどはいきなりポルターガイストを起こして申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。俺は」
 ええ、あなたは大丈夫でしたね。薄情な女は怯えまくってましたけど。
「私は一応あなたに憑かせていただいている身の上ですので、勝手ながらお助けいたしました」
「はい、助かりました」
 そうですか。とりあえず話すことがなくなったので、「切ります」と告げて電話を切りました。男はしばらく電話を眺めていたかと思うと、ぽつりと一言。
「いい守護霊が憑いてくれたなあ」
 大変です。勝手に守護霊にされました私。ただとり憑いているだけなのに、なぜか守る役目を負わされています。確かに男にとっては喜びことをしたかもしれませんが、私は守護霊じゃありません。たぶん。……違いますよね? あれ、今まで男にとって得になることしかしていないから自信がなくなってきてしまいました……というか、もう守護霊でいいんじゃないかと思えてきました。うん、いいです、私守護霊で。むしろその方が浮遊霊よりは価値ありますよね。決めました。私今日からこの男の守護霊になります。
 席にもどると女が居ません。これは逃げ帰りましたね? 情のない女です。そんな女はほっとくとして揚げ物です。私の目当てはもはやそれしかありません。しかし揚げ物も見当たりません。「おつまみほとんどないんだけど」サブという男が言いました。ああもう面倒なのでサブと呼びます。
「だってお前おせーんだもん。ほとんど食っちまったよ」
「今日は酒だけで我慢しておけって!」
 サブはしぶしぶとそれに頷きましたが、私は納得行きません。人助けをしている間に自分の食事がなくなっているなど言語道断です。食べ物の恨みは恐ろしいのですよ、呪われたくなければ差し出しなさい。
 と念じながらサブのケータイにメールメール、とつぶやいているとどうやら無事に届いたようです。やっぱり何だかんだで便利ですね。
 サブの背後から自分の送ったメールがどんなものか覗き見してみました。
『ジャガイモの中にチーズが入ったものを頼んでください』
 思ったより率直に届いています。さすがに邪念は届けてくれないのでしょうか。残念ですね。でもこちらの方がサブにはわかりやすいと思うので助かります。実際サブはすぐに注文を取り付けてくれました。いい奴です。とてもタバコをポイ捨てした男とは思えません。それともあれですか、ちょっと悪さをしていい気になりたかったってやつですか。チョイ悪を目指していたのですか。サブには無理だと思います、お人よしのアホですから。まあだからこそ守ってあげる価値があるんですけどね。
 とりあえず、揚げ物を堪能します。思う存分吟味してやりますよ、太らないだろうし。仕事は明日、サブの二日酔いの面倒でも見てあげればいいでしょう。
 では、頂きます。
 の前にもう一通サブにメールを打つことにします。
『ありがとうございます』
 サブがにっこり微笑みました。








親切メリーさん







Copyright(c)2005-沢野いずみ, Inc. All rights reserved.