今日もクールな課長様。女子社員の人気ナンバーワンの課長様。超有能な課長様。
 まるで昨日のは夢かと思うほどの変わりようですね。
 女子社員にお弁当を頂いて、お礼を述べる課長を見ながら思う。
 もしかしたらあれは夢だったのだろうか。そうだ、そうに違いない。私も疲れていたんだ。たとえあれが夢でないとしても夢だということにしておこう。そのほうが幸せだ。もう関わることないだろうし。
 むしろ、昨日のことを知られたら、私は確実に殺される。
 社内の女子社員に。
 そのぐらいモテる人なのだ。まあ、顔が良くて若い有能なエリート男性がモテないほうがおかしいけれど。
 と言うわけで、あれは夢だ。
 そう決意して再び仕事に励もうとすると、後ろから声がかかった。
「杉浦くん、ちょっといいかな」
 グッバイ、私の平穏。










「何の御用ですか」
 不機嫌さを隠さずに言う私を見て、課長はもじもじとし出した。
 何ださっきまでとのその大きな変化。さっきは出来る男の課長様ではなかったか。
「そ、その、な……」
 課長は後ろに何かを持っているようだ。
「何ですか。はっきり言って下さいっていうか、後ろのもの見せて下さい」
 課長は驚いた顔をした。
「な、なんでわかったんだ?」
「そんなあからさまに後ろに隠していたら、誰だってわかります」
「そ、そうか……」
「どうでもいいから早く見せてくれませんか。どうせ用はそれなんでしょう」
 さあ、早く見せなさい。と言うと、課長はしょうがなさそうに後ろのものを私に差し出した。
 弁当だった。
 花柄の布で包まれた、実に可愛らしい弁当だった。
「……課長、こんなご趣味でしたか」
「君はなぜそう解釈するのかな」
「大丈夫です。私、その人の好みに関してどうこう言う気はないんで」
「だからね」
「さっき女子社員から頂いていたお弁当ですね」
 さっき見ました、と告げると、課長は安心した表情になった。本当に勘違いされていると思ったようだ。
「知ってるのならそう言ってくれ」
「いきなり呼び出された私のささやかなイジメなんだからいいじゃないですか」
 課長はう、っと言葉に詰まると、申し訳ない顔をした。
「怒ってる?」
「それなりに」
 はっきりと言い切った私に、課長はあからさまにしょげた。
「すまない……でも君にしか頼めないんだ」
 今度は私が言葉に詰まった。頼られて悪い気はしない。相手が課長でなければ、私は怒ることはなかったはずだろうし。
 はあ、とため息をひとつ吐く。
「わかりました……で、その頼み事とは?」
「聞いてくれるのかい!?」
 途端に顔を輝かせる課長。なんだろう、昨日から私の前だとこの人ころころ顔が変わる。おもしろいけど、普段の課長より接しやすくていいけど、なんだかここまで違うとなあ。
「実は、私はいつも母に昼食を作ってもらうんだが、その母が風邪でね。今日はなかったんだ」
「はあ、彼女さんとかに作ってもらわないんですか?」
「いたら苦労しないよ」
 意外だった。だってあれだけモテるのだから、彼女なんて選び放題だろうに。
 おそらくその考えが顔に出ていたのだろう、課長が説明した。
「普段クールな課長でいるのに、いきなり付き合っても素が出せないなら疲れるだけだろう」
 そりゃそうだ。妙に納得してしまった。
「じゃあ普段素で生活すればいいじゃないですか」
「課長という地位にいるからには、かっこよくみんなの憧れの的になりたいのだよ」
 そんな、小学生の意地みたいな。
 素の課長はずいぶんと子供っぽいようだ。
「まあ、それはいいとしてだね、そこに女子社員がお弁当を持ってきた。ちょうどいいと思って頂いたんだが……」
「何か問題があったんですね」
「察しがよくて助かるよ」
 あんまり嬉しくはない。
「実はだね、その……」
「もじもじしないではっきり言って下さいよ」
「うっ……じゃあはっきり言うぞ」
「どうぞ」
 意を決したようにこちらを見つめる課長。なんだ、また意味不明なことを言うんじゃないだろうな。
 ちょっと心配になりながら見つめ返す私。
 課長は口を開いた。
「ピーマンとにんじんとたけのこ食べてください!」
「……は?」
 ピーマンとにんじんとたけのこ?
 予想外のセリフに言葉を失ってると、課長はそれをどう思ったのか、必死にしがみ付いてくる。
「頼むよ、社内で私の素を知っているのは君しかいないんだ。私はもう30だが、どうも好き嫌いが多くて……嫌いなものを残すのは失礼だし、何より知られたくない。な、食べてくれないか」
 おそらく本人は無意識にだろうが、私を激しく揺さぶりながらお願いしてきた。それともこれは強制的なお願いなのだろうか。がくがく自分の頭が揺れる。
「わかりましたわかりました食べますからそんな必死に私を揺さぶるのやめてもらえませんか?」
「本当かね!」
「本当ですから」
 早く離してくれ、酔う。
 私の心の叫びが聞こえたのか、課長は「すまない」と言って腕を離した。だが、顔は笑顔だ。相当嬉しかったらしい。
「よかった、本当によかった」
 私はよくない。
「じゃあ食べてあげますから、お弁当貸して下さい」
「はい!」
 満面の笑みでお弁当を差し出す課長が、近所の犬と重なった。








完璧男は不完全 その2







Copyright(c)2005-沢野いずみ, Inc. All rights reserved.