私の隣の席の男は変わっている。
 そいつは日高望という。
 ある日、その日高の誕生日が近いので、彼の友人は聞いた。
「何が欲しい?」
「どっかの極秘データ。できればNAS○」
 即答だった。
 日高は冗談で言っているのではない。本人は至ってマジだ。大マジだ。
「……いつか、手に入ればいいな」
 友人は、日高の肩に手を置いて言った。そして、日高はニッコリと笑って言った。
「うん。いつか手に入れるよ」
 ……こいつなら本当に手に入れそうだ。と思ったのは、私だけでなく、その友人も同じようだった。







 本を読んでいる日高に、私は聞いた。
「何読んでるの?」
 すると、彼は顔を上げて、いつもの人懐っこそうな笑顔で言った。
「不倫者の心理」
 思わず私は固まった。
 どう考えても、学校なんかで読むものではない。
「……へえ。面白いの?」
 何とか言葉を返した私は、自分で自分を褒めたくなった。いや、褒めよう。それ位しても罰は当たらない。こいつについていける自分には、それだけの事をする権利があるはずだ。
「結構」
「……よかったね……」
 もう何も言えなかった。








 そして今日、彼は静かに眠っている。……そう、教師に気付かれないほど静かに。
 本当に不思議だ。だって、彼はモロに顔を机につけて寝ているのだ。まさに、「私は寝ています」と言っているようなものである。
 なのに、気付かれない。すごいを通り越して恐ろしいぞ、日高。
 そんな静かな教室の中。突然日高が「う!」と叫んだ。もちろん、教室にいる生徒は、何かと思って日高を見る。
「ちょ……」
「ちょ?」
 みんなが続ける。
「ちょ……」
「ちょ?」
 また続ける。
 そして日高は、いきなり席から立ち上がり叫んだ。


「チョモランマァァァァ!」




「…………」
 皆、沈黙。
 なぜにチョモランマ? お前は何の夢を見た。山か? 山の夢か? 登山したのか? チョモランマを。
 私の思考を再び動かしたのは、教師が日高を叩いた音だった。
「あれ?」
 日高が周りを見る。どうやらたたかれて起きたようだ。……つまり、立ち上がって叫んだのは、寝ぼけてやったらしい。……ある意味尊敬するよ、日高。
 呆然としたままの日高は、ぽつりと言った。
「僕のチョモランマ……」
 お前のじゃないだろ。
「どうでもいいけど、後で私の所に来い。日高」
「は〜い」
 喜ぶところじゃないだろう。
 女教師は、ため息を吐いていた。

 ……激しく同情します、先生。





隣の席の日高くん







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