バサッ
 という音を立てて俺の机から雑誌が落ちた。
 それにはグラマーなお姉様方がポーズを決めて写っている。
 エロ本だ。
 呆然と床に落ちたそれを眺めていた俺だったが、それに向けられている目は俺のだけじゃない事に気付き、我に返った。
 そう、今は授業中なのだ。
 もう一分ぐらいは経ってしまったかもしれないが、慌ててそれを拾い上げる。が――ああ、大失敗。みんなの視線が本から俺に移ってしまった。
 ていうか、おかしい。明らかにおかしい。俺はエロ本なんか一度も買った事も借りた事も、ましてや立ち読みもした事がない、真面目な学生だ。こんなものが出てくるはずがない。なにこれ。新手のイジメ?ダメージはすごく大きいけどさ。流行っちゃうかな、このイジメ。
「これは違……」
「山川くんもこんなの読むんだ」
 いや、読まねぇよ。
 否定しようとした俺の言葉を女子が遮ったおかげで、黙っていたクラスメイト達がみんな喋りだした。
「意外だなー」
「真面目そうなのにね」
「うそぉ、ショックー」
「人は見かけによらないってか」
 勝手なことは言わないでくれ。俺は見かけどおりの人間だ。
「俺じゃないって!」
 思わずそう声を張り上げたが、盛り上がった連中には意味がない。
「照れんなって!大丈夫、男はみんなそうなんだから。いやー、それにしてもお前、興味なさそうだから心配してたけど、なんだ、お前も普通
じゃん」
 俺はその心配されるような奴だよ。お前らの普通には当てはまらない奴だよ。
「だから、これは……」
「見せてー」
「聞けよ!」
 俺の手からそのエロ本が奪われた。そして男子はそれを見ようとして……固まった。
 え、なに、そんなに過激なの? これ。
 そいつの手の中の物を覗き見る。そこにはこう書かれていた。
 田中健蔵。
「…………」
 俺も、持っている男子も、周りのクラスメイト全員も、無言で黒板の前に居る教師を見つめる。
「あー……いやー……その……」
 歯切れが悪い。目は明後日を見ている。
 ああそうか、あんたか。俺の不幸の根源はあんたか。
 普通、授業でこんだけ騒げば教師が何かしら言ってくるはずだ。なんで止めないんだろうとは思っていたけれど、そうか、止められなかったんだな。
 自分のなんだから。
「田中先生……」
「あははははは」
 笑い事じゃないが、笑わないとやってられないんだろう。だが、疑われた俺としては笑えるものか。
「先生のだったんですか」
「ごめんなさい」
 即行で返事が返ってきた。かなり素直だ。
「なんで俺の机に……」
「いやー、昨日そこで読んで忘れちゃって」
 ……なんだって……?
「ここって……」
「お前の席」
「エロ本をここで……」
 俺の脳裏に、田中先生が俺に席に座って息を荒くしながらそれを読んでいるのが映し出された。
 嫌過ぎる……!!
 即座に椅子から立ち上がる。
「代わりの机を持って来い……!」
「は……はいぃ!」
 俺が相当怖かったのだろうか、田中は慌てて教室を出て行った。
 俺もみんなも動かなかったが、誰かがこれだけ言った。
「……エロ本に普通名前は書かないよな」
 皆、無言で首を縦に振っていた。





不幸少年Y







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