紳士の妻日記 その2









 結婚して1月が経った。早いものである。国際婚なのでもっと生活しづらくなったりするかとも思ったが、妻と文化について大きく衝突することもなく、穏やかに過ごしている。
 そういえば日本人は他の文化を受け止める柔軟性があったなと、大分腕を上げた妻お手製の紅茶を飲みながら思った。
 そうこうしている間も妻はテキパキと動く。妻にするなら日本人女性と言われるのもよくわかる。今は俺のシャツをきちんと糊付けしてアイロンをあてているところだ。
 朝も自分より早く起きてきちんと俺が食べる量作ってくれるし(英国人は朝にがっつりと食べるのだ)、朝食用にと持たせてくれるお弁当も手を抜かない。洗濯物も溜め込まずアイロンまでかける。俺が働いている間に掃除を済まし、俺が帰ってくる時間を見計らってご飯を作ってくれるため、夕飯もいつも暖かいものが食べれる。手荒れも気にしないで食器を洗ってくれる。
 正直、心配になってくる働き方だ。日本人は仕事に関しても家庭に関しても、力を入れすぎている。疲れないのだろうか。
 手伝おうかと思うが、俺が手を出そうとすると、働いてきてくれているのだから休んでてくれと言われる。確かに疲れてはいるが、それ以上に心配だ。
 この上なく快適な結婚生活が送れているのはこの頑張り屋な妻のおかげである。
 何かできないだろうかと思い妻に聞いてみても、妻はにこりと微笑んで「今の生活に満足しています」としか答えない。まったくもって奥ゆかしい女性である。自国の女性は遠慮せず花だ何だと求めてくる。
 しかし、答えてくれないからと言ってあきらめるのは夫ではない。妻が喜ぶことをするのが夫としての義務である。
 ということで、俺は夫としての特権の、「妻の観察」をすることにした。やましい意味じゃない。妻の行動を見て、妻が何を考えているか知るためだ。
 そしてあることをついに見抜いた。

 そう、妻は異常に風呂が長いのだ。

 体を洗うだけなのに何をしているのだろうかと思ったら、お湯に浸かっているのだという。さりげなくお風呂が好きか尋ねると照れたように頷いた。
 これだ、これしかない。
 俺はそう確信した。そして風呂好きの妻のために作戦を練ることにした。しかし、これが思いの外行き詰った。ただ入浴剤をあげるだけというのもつまらないし、風呂掃除などは妻がいつもきれいにしてくれているからやりようもない。
 いっそバスルームを改装しようかと思いつき、俺は日本人が入るバスルームというものを調べることにした。そこで新たな衝撃を受けた。
 日本のバスルームは、トイレと別になっているのだ。
 まったくもって知らなかったから、当然ながら俺の家のバスルームはトイレと兼用になっている。
 そうか、日本人は綺麗好きとも言うものな、トイレと一緒にしないよな……。
 これはきっと大層過ごしにくかったに違いない。妻に悪いことをした。
 そして俺はすぐさまリフォーム会社に相談して、新たにトイレを作ることにした。完成するまではまだバスルームとトイレは一緒だが、完成次第トイレを取り外すことにした。
 俺はすがすがしい気持ちで妻の待つ家に帰ると、いつも通りの温かな妻のごはんと、温かな妻の笑顔があった。
「バスルームを改装しようかと思ってるんだ」
 食事をしながら切り出すと、妻は「バスルーム?」と聞き返してくる。
「ああ、トイレと別にしようと思ってな」
 俺の言葉に妻は目を丸くした。
「あ、あの……もしかして、私のせいでしょうか……」
「いや、君のせいじゃなくて、俺が君のためにしたいんだ。妻に好きなことを楽しんでもらうのは夫の喜びだよ」
 そう言うと、妻は顔を真っ赤にして礼を述べる。
「ありがとう、ございます。……実はいつも少し気になっていまして……」
「ああ、やっぱり。すまない、気付かなくて」
「あ、いえ、その、私が入浴中に、あなたがトイレに行きたくなっても入りにくいんじゃないかと思って……」
 どうやら彼女は大好きな入浴中ですら私のことを気遣ってくれていたようである。カーテンで仕切られているとはいえ、まだ結婚してひと月、また、出会ってからもまだひと月程度の自分たちである。正直気まずい思いはぬぐえないが、俺はそこまで気にしていない。
 もしかしたらトイレとバスルームを別にしてるのも、こうしてやたらと周りに気を使ってしまうためかもしれない。
「トイレを新しく作らなくちゃいけないからしばらくは今のままだけど、終わったら好きなだけ長湯するといい」
 安心させるように微笑みかけると、妻は初めて見る、日向のような柔らかな笑みを浮かべる。



 どうやら俺は何とか夫として合格できたようである。












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・仕事に関しても何に関しても日本人はまじめに取り組む
・欧米では家事を手伝うのが普通(手伝わないと奥さんが怖いそうですね)
・日本人はお風呂好き(ヨーロッパの方とかはシャワーだけが多いです)
・欧米ではバスとトイレは一緒

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