紳士の妻日記 その1









 先日、日本人の妻をもらった。
 親が決めた急な話だったので、お互い初対面という形で結婚した。違う国の人間と結婚してうまくいくか心配だが、俺以上に妻の方が戸惑っている様子だったので、夫として精一杯支えようと思う。
 さすがに急にこちらに住むことはできないということで、入籍を済ますと妻はまた日本に戻っていった。
そして今日妻がやってくる。そわそわと落ち着きをなくしてしまうのは仕方ないだろう。気持ちを落ち着かせるためにずっと紅茶を飲んでいる。
 時間を確認すると、もうすぐ約束の時間だ。日本人は時間に厳しい。遅れる場合は必ず連絡を入れるというから、そろそろだろう、と思ったところでインターホンが鳴り響いた。
「こ、こんにちは」
 緊張した面持ちで妻が頭をカクリとする。少しびっくりしたが、すぐに日本人がよくするお辞儀と言うものだと思い当たり、少し微笑んで入るように促した。靴を脱ごうとするので、そのままでいいととめた。
「あ、すいません、つい癖で」
 わかっていたんですけど。そう恥ずかしそうに言って、妻は家に上がった。
 きょろきょろと興味深そうに見回す妻をダイニングに案内する。
「今、紅茶淹れてくるから待っててくれ」
「あ、そんなお構いなく」
「遠慮しなくていい」
「いえ、本当に」
 日本人は思慮深い。特に女性はその傾向が強いというが、こんなに気を使わなくていいだろうに。
「紅茶だけは自信があるんだ、飲んでくれるか?」
 言い方をお願いに変えてみると、妻は頬を紅くしてはい、と答えた。その様子は東洋人の幼い容姿と相まって、大層愛らしい。
 紅茶に自信があるのは本当だ。ほとんどの英国人はそうだろう。紅茶をうまく淹れられない相手とは結婚しないという者もいるぐらい、紅茶が好きなお国柄だ。
「美味しいです」
 おかげでこうして妻の頬を緩ませることが出来た。
「ありがとうございます」
「いや、旅疲れの妻を労うのは夫として当たり前だろう」
 また頬を赤く染め、妻は礼を述べた。照れ屋のようだ。
「部屋に案内するから、今日はゆっくりするといい」
 妻が紅茶を飲み干したのを確認してからそう切り出し、部屋へ案内した。おそらく本当に疲れていたのだろう、妻はまた礼を述べ、部屋へ入っていった。






 そんな妻が夜になって部屋から出てきた。どうかしたのかと思ったら、妻はおずおずとこう訊ねた。
「あの、イギリスの夜はいつ来るのでしょうか?」
 一瞬何のことだろうと思ったが、すぐに何を言わんとするのかわかった。
「すでに夜になっているんだ。ここは夜でもこの明るさが普通なんだよ」
 そう言ったとき、妻は心底驚いた顔をしていた。












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・日本人の時間の正確さは異常、というのが世界的な意見。
・日本人は極度の恥ずかしがり、というのも世界的な意見。
・イギリス人は紅茶好き。(でも近年はコーヒー派も増えているらしいですね)
・日本人の頭を下げるあの「お辞儀」は世界的に見て不思議なもの。はじめてみる人は首がどうかしたのかとびっくりする。
・イギリスは夜でも暗くならない(人様の旅行記などで調べたので、どの地域がとまではわかりませんでした。さすがにイギリス全土が暗くならないということはないと思うんですけど……)

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