今日からよろしく御兄妹! 18





 友人の家に招かれた。
 結構長い付き合いなのだが、彼女は中々人を家に呼んだりしなかった。その歳に似つかわしい表情で彼女は「人の家見て何が楽しいの」と周りを極寒の窮地に立たせ、それ以来誰も彼女の家に行きたいとは言わなくなった。
 その彼女がどういう気まぐれを起こしたのか知らないが、急に私を家に呼んだのだ。ついさっき、電話で。やけに彼女の後ろがやかましかった気がするが、あえてそこには突っ込まなかった。むしろ聞きたくなかった。
 やけに彼女が来い、とその末恐ろしい声で頼んでくるので、私は大慌てで彼女の家に向かったのだ。
 彼女の家のチャイムにはすでに先客がいた。
「あれ、君もこの家に用事?」
 高校生であろう彼は、立ち止まっている私に訊ねてきた。私は黙って頷いた。そんな私を見て、彼は警戒されていると察したらしく、笑顔で名乗ってきた。
「ごめんね、名前も言ってなかったね。僕は工藤学。ここに住んでる孝彦って人の友達なんだ。良ければ君の名前も教えてくれないかな?」
 孝彦と言うのは、最近出来た彼女の兄だろう。彼の優しい笑顔に安心した私は自らも名乗った。
「私は円崎恵美と言います……あの、どうしてチャイムを鳴らさないんですか?」
 彼はちょっと困った顔をした。
「いやあ、それが……」
「絶対これがいいんだって!」
 説明しようとした工藤さんの声に重なって、誰かの大声がした。
 びっくりしていると、次に聞き覚えのある声がした。
「そんなの駄目だって言っているでしょう!いい加減聞き分けなさい!」
 え、紀子?
 いつも冷静沈着な友人が怒鳴っているのが、とてもじゃないが私には理解しがたかった。
 しかし、その声はまさしく紀子のもので、怒鳴り声はまだ続いていた。
「絶対これ!俺は確信した!運命を感じた!」
「勝手に運命なんて感じないの!私は反対します」
「反対してもいいもんねー!妹にセンスなんて求めてないから」
「へーえ……まさか兄さんにセンスについて文句言われる日が来るとは、ねえ?」
「え、あの、妹さん?」
「いやあ、まさかこれを使う日が来ようとは……」
「え、待って待って待って、それはさすがに死んじゃうんじゃ……ぎゃあああああああ!」
 雄たけびのあと、静寂が訪れた。
「…………」
「…………」
 私と工藤さんは無言で彼らの会話を聞いていた。
「……俺がチャイム鳴らせなかったの、どうしてかわかった?」
「……はい」
 むしろ、よく逃げ出さなかったな、と思った。
 ため息ひとつして、私は訊ねた。
「……どうします?」
「……どうしようか」
「……帰りましょうか」
「……そうしよう」
 巻き込まれる前に逃げよう、と私と彼に意見は一致した。
 が、後ろで大きな音がした。
 どうやら、逃げるのが遅かったらしい。
「お前、遅いじゃないか!」
 出血多量気味の紀子のお兄さんらしい人が出てきた。それだけでインパクトあるのに、彼はなんとも言えない着ぐるみを着ている。何だろう、緑色の……宇宙人?
「あら、恵美、来てたの」
 友人はお兄さんとは違って落ち着いた様子で出てきた。ただ、手に黄色っぽい布を手にしている。
「恵美、あなたはこのプーさんと兄さんが来ている変なもの、どっちがいい?」
 友人は手に持っていたものを広げて見せてきた。見事なプーさんの着ぐるみだった。売り物にしても問題はないんじゃないだろうかというぐらいの出来だったが、彼女の手に絆創膏が付いているのと目元にクマが出来ているので、きっと夜なべして作ったんだろうということが想像できた。
 当然私はプーさんと答えようとしたが、お兄さんがそれを遮った。
「変なもの!?これは変なものなんかじゃない!これは俺が昨日夜なべして作ったケーちゃん二号だ!学、お前はケーちゃんの良さをわかってくれるよな?」
 そう訊ねてくるお兄さんは小動物のようで愛らしかったが、工藤さんは明らかに困っていた。笑顔がすごく引きつっている。
「兄さん、人を困らせないの。いいからおとなしくこっちにしなさい。学園祭でそれはないわよ」
「いやだ、俺はこれで行くんだ。プーさんなんて知ってる人しか喜ばないだろ」
「知らない人あんまりいないと思うんだけど。兄さんのほうが誰も喜ばないわよ」
「俺は喜ぶ」
「そうだろうね」
「…………」
「…………」
「……埒が明かないわね」
「……そうだな」
 勝手に言い争ってた二人が急に私達のほうを向いた。嫌な予感が、今まで感じたことのないほどの嫌な予感がする。
 そんな私達の心を知ってか知らずか、義兄妹はとてもいい笑顔で玄関を開け放った。
「さあ、二人とも中に入ってくれ」
「お茶も用意するから、二人の意見をゆっくりと聞かせてくれない?」
 私と工藤さんは顔を見合わせると、声を揃えて言った。



「ご遠慮させて頂きます」






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