「遊びにきちゃった」
帰れ。
非日常 〜お姉様編〜
姉が来た。
「彰人が一日いないから、遊びに来ちゃった〜」
「帰れ。今すぐ寄り道せずにまっすぐ帰れ。主婦は家で家事してやがれ」
「なんてこと言うの。全国の主婦に袋叩きにされて当然の台詞よ、今のは。謝りなさい」
姉はそう言うと――私の首を掴んで持ち上げた。
「はい、カウントターイム。スリー、ツー」
「ご、ごめっ……なさ……」
「声が小さくて聞こえないな」
殺す気だ。いや、冗談じゃなくて。マジで、いや、ほんとに、死ぬから!!もうそろそろ落ちるから、私!!今走馬灯走ってるから!!
「義姉さん、その辺でやめてあげて下さい」
生き絶え絶えな私を助けてくれたのは、大野だった。
「あらぁ〜幸人くん、相変わらずいい男ね」
「そういうのは兄さんに言ってあげて下さい」
言いながら、大野は私を姉から奪還してくれた。ありがとう。お礼に今夜のご飯は多めにするよ。
姉は大野に擦り寄りながら更に話かける。
姉さん。仮にも既婚者が夫じゃない男にそういう行動をするのは良くないと思う。
まあ、あなたは美形な男が大好きだからしょうがないかもしれないけど。
「聞いてよ〜、彰人ったら」
「わかったから離れて下さい」
顔色ひとつ変えずに姉を剥がそうとする大野と、にこにこ笑顔でしがみ付く姉。
女性にあからさまな拒絶をしない大野にしては、本当に珍しいことである。
大野はずるずると姉を引きずりながらソファへ座る。その隣を姉は我が物顔で陣取った。
私はとりあえずコーヒーを淹れる。
「やだぁ、私コーヒー飲めないのにぃ」
だから淹れたんだよ。
私は無言でコーヒーをすする。そんな私の反応がつまらないのか、頬を少し膨らませて、姉は大野に話かけた。
「ねぇねぇ、幸人くん」
「何ですか?」
「華とはどこまでいったの?」
ブー!
私はコーヒーを盛大に噴出した。ああ、しまった。どうせ掃除するの私じゃないか。
冷静にそんなことを考えている私にお構いなしに、大野は答えた。
「そちらのスーパーまで」
お前、わざとだな。質問の意味をわかっていながら、わざとボケやがったな。同級生には「行き着く所まで」と、わざと頬を赤く染めて言うくせに、姉にはそれもしないんだな。あからさまな嫌がり方だなあ、おい。
「もう幸人くんったらぁ〜」
姉。その青筋は隠しているつもりか。ちょっとぷっつんきたんだろ。何でそんなにいつもこいつにキレてるのに、懐くんだ。お前はお前でおかしいだろ、なあ。
『あははははははは』
姉と大野の二声合唱。怖い。その乾いた声が怖い。その無駄に明るい笑顔が怖い。
ああ、もう、勘弁して下さい、お姉様。
「華」
「何でしょうお姉様」
頼むから、この冷戦に巻き込まないでくれ。
「コーヒーおかわりお願い」
「え、姉さん飲んだの?」
「私のなわけないでしょう」
じゃあ、誰の。
「幸人くんの」
そうでしょうとも。
コーヒーを持ってきた私に、姉は笑顔でこう言った。
「また来るわね」
もう来るな。
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