後輩の可愛い女の子に呼び出されて、律儀に出向いた私にその子は言った。
「大野先輩と別れてください!」
「…………は?」
非日常 〜人伝告白〜
私は走っていた。体育の時でも出さないようなスピードで。
廊下をドタドタと大きな足音を立てて走り抜けていく私を、皆が驚きの目で見るが、気にしない。
私が向かっている所、それは教室。
別に授業に遅れるとか、そんな事でここまでして走っているのではない。
そこにいるある男に、何か一言言いたいからだ。
「大野おぉぉぉぉ!!」
叫びながら、私は教室に飛び込んだ。そして、女子に囲まれハーレム状態の、憎らしいほど綺麗な顔をした男に掴み掛かった。
「貴様は、何を言ったんだぁぁぁぁ!!」
服を掴んだまま、大野のを上下にブンブンと振りながら叫ぶ私を止めたのは、奴の周りにいた娘さん達だった。
「ちょっと、幸人くんになにすんのよ!」
「それはこっちのセリフだ! 大野っ! アンタ、あの子に何言ったのよ!」
「あの子って?」
「一つ下の学年の、磯部恭子!」
私が言うと、目に前の男は少し考え、それから「ああ」と言って手を打った。
「昨日、告白してきた子?」
「そう!」
「それなら……」
そこで言葉を止めた奴は、私を見てにこやかに笑った。
……殴りてぇ。
その思いを何とか止めて、奴の言葉を待った。ニコニコ顔の男は、さも自分の所為ではないというような態度で言った。
「今村さんの許可が出たらいいよ」
「ああ?」
「その子に言ったこと」
「……お前はなんと言うことを! そんなこと言ったら勘違いするに決まってんだろ!?」
「付き合ってるなんて一言も言ってないよ?」
「付き合ってないんだからあたり前じゃぁー!!」
叫び過ぎてゼイゼイと息をする私。さっきまで大野にくっついていた女子達は、いつに間にか離れた所でこちらを見ている。蛇に睨まれた
蛙のような表情で。
……そんなに私は怖いのだろうか。さすがにそこまで怯えられると、こちらも傷つく。
一つ息を吐いて、私は言った。
「いい? 私とアンタは、私の姉があんたの兄と結婚したっていうだけの関係なんだからね? 変なところで私を出すんじゃない!」
「えー?」
「えー? じゃない! 私を巻き込むな!」
ムー、と呻いて大野は少し考えた。その姿の様になるからムカつく。ちくしょう。
ふと、私を見て大野が笑った。……すごく嫌な感じがして、鳥肌が立った。
「じゃあ付き合おうよ」
「……はあ?」
腕をさすったまま聞き返す。今の話から、なぜそうなるんだ。
「だから、付き合ったら本当になるでしょ? だから付き合おう」
「……誰と誰が」
分かっていたが、認めたくないので、あえて聞いてみた。すると予測どうり、奴は、こうのたまった。周りが輝いて見えるくらいの、いや、
かすんでしまうくらいのすばらしい笑顔付きで。
「俺と今村さん」
「断固として拒否する!!」
「……即答はひどいなぁ」
何が「ひどいなぁ」だ。ちっとも嫌そうな顔をしてないじゃないか。
「とにかく、私は……」
と言ったところでドアの開く大きな音に邪魔をされてしまい、私は言葉を押し止めてしまった。せめて最後まで言わせてから入って来い。
不消化って気持ち悪いじゃない。
とりあえず、邪魔をした奴を見ようとドアの方に目を向けると……さっき私を呼んだ女の子が立っていた。そういえば……話を聞いてキレた
私は、この子を置き去りにしてしまったんだった。
息をはずませて、必死に彼女は声を出した。
「せ……先輩……」
「……ここにいるの、みんな先輩だけど……」
彼女の言葉につい言ってしまった。ハッとして彼女を見ると、やはりと言うか、なんと言うか。とにかく、すごい気迫の睨みを頂いた。……可愛
い子が怒ると迫力あるね。
「大野先輩!」
ちゃんと改めて彼女は呼んだ。
「何?」
彼女のオーラにまったく動じず、いつものにこやかな笑顔で答える大野。……もっとも、その笑顔という仮面の下は、悪魔だが。
「今村先輩と付き合ってるんじゃないんですか?」
「そんなこと、一言も言ってないでしょ?」
もっともな奴の言葉につまる彼女。……確かに勘違いをした彼女も彼女だけど、一番悪いのは、そんな言い方をした大野だろう。
「じゃあ、私と付き合ってください」
可愛い顔して強気な彼女。私としては女の子女の子してる子より、こういう子の方が好きだ。
「今村さんがOKしたらね」
「許可する」
即答して、大野を彼女の前に突き出した。すると、しょうがないか、といった感じで大野は承諾した。
「分かった。いいよ」
「本当ですか!?」
この態度で喜んでいいのか。そう思う私を他所に、一瞬にして顔を喜びの色に染めた彼女。可愛いねぇ。だが、そんな彼女を次の大野の
言葉が奈落の底に突き落とした。
「好きにはならないけどね」
静まり返る教室。寒気がする空間。ここにいる皆が思っただろう。逃げたいと。
「先輩の……」
フルフルと震えながら、その欲しい腕を、近くの机につけた。そして……
「バカぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
大声で叫んだかと思うと、その机に置いてあった筆箱を引っ掴み、思い切り、大野めがけて投げ放った。――が、それは、大野には
当たらず、
奴の隣にいた私の顔面に命中した。
バカーン、といい音を発して、筆箱は私に足元に落ちた。やってしまった本人の、「あっ」と言う小さな呟きの後、極寒零度のような空気が
流れた。
沈黙を破ったのは、私だった。
「やりやがったな……」
静かに、腹の底から出るような声で言った私に、彼女はビクッと震えた。そして私はその辺にある、かばん、教科書、ノート、筆箱など、
ある物すべてを投げつけた。
教室にいた人たちは、すごい勢いで逃げ出し、私に危害を加えた彼女は、涙ながらに謝っていた。
原因を作った大野は、笑顔でそれを眺めていた。
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